生活の記録

1994 社会人 一人暮らし予定

見た夢を書こうとおもって開いたけれど

時間が経てばどんどん忘れていくもので

東京 というワードしか

思い出せない今日の夢。

こういうところが夢なんだよなあ。

 

仕事の鬱憤がたくさんあって、でも帰宅したらすっきり忘れようとしてるんだけれど、日に日に家まで持って帰っちゃうことが増えてる。

どーすりゃいいのかなあ。

再開

普段はまったくと言っていいほど

連絡を取らない、高校の仲間

 

お盆と年末年始だけに

ラインのグループは始動する。

 

会うと空白なんてなかったかのように

あのときの続きの時間がはじまって

相変わらずのテンションで

わたしなんかはずーっと笑ってばかり

 

人との縁は、簡単に切るもんじゃないな

かといって、わざとらしくたくさん増やすのもどうかな

 

 

なんとなく縁があって、おなじ方向を向いて頑張って行く中で仲良くなれたみんな

もっとこれから先も仲良くしてゆきたい

とうきょーーう

長い夢のような気がしてならない

 

 

連休をあまりにも濃厚に過ごした。

1日目は自分のためだけに自分の欲しいものを買った。とにかくとにかく歩いて疲れた。

そして暑さに衝撃を受ける。

東京なめてたと何度も後悔した。

ずーっと汗が止まらなかった。なぜみんな涼しそうにしているのだろうか?

チークとハンドクリームと香水、マスカラ、女子力高い買い物ができた。

 

夜に泊まったホテルが大間違いで、色々ひどかった。評価は良かったのに、酷すぎた。

夜に共同スペースにあったギター弾いて枠を開いたのがおもしろかった。通話もおもしろかった。

しらない人絡まれてクソ!と思ったけれど、ジュースとシャワーのコインみたいなものをくれて結果オーライだった。

 

2日目は友達とディズニーランド

 

東京駅で待ち合わせをしてしまった田舎者の私たちはめぐり合うのにかなりの時間を要した。

あまりディズニーに詳しくないので、頭につけた犬の耳が、なんのキャラクターなのか分からない。でも友達と「似合う〜〜」と言い合ってワイワイした。

乗り物もたくさん乗れた。

なんか座ってると揺れるアトラクションでは、最前席でチキンを発揮し、手すりを掴むつもりが隣の少年の手をがっちり握ってしまった。帰りに少年は「まあまあだった」とクールな発言をしていた。

 

スペースマウンテンというのがいちばん怖くて、3回失神しかけて終わりには泣いていた。

しばらくちゃんと歩けないほどだった。こんなの恥ずかしすぎた。

 

ホテルについて、爆睡した。かなり疲れた。

 

 

三日目は疲れもたまり、午後からの活動だった。つけ麺を食べて、買い物をして、散歩して、グラサンかけながら冷たい飲み物を飲み歩いた。

井の頭公園、路上やってた。

楽しかったのでまた東京行きたい。

 

 

この道を選んだ訳

進学校高校の先生との進路の面談で

「んーと、楽な仕事がしたいでーす」とふざけたことをかましたJKがいた。私だ。

わたしはそれをこの職だとおもっていた。

 

わざわざ深い苦しみに手は伸ばしたくなくて。

仕事では無理をする必要はない、楽に働いて、少しのお金でのんびり暮らして遊べたなら良いや、と思っていた。

 

その延長線にわたしは今いる。一年目は正直人間関係の酷さにやられたが、今はうまくこなせているので難なし。深い仕事だし、任せられることや、責任も重くて時々くじけているけれど、それなりに慣れてきている。

 

考えればどこまでも深いが、このキャリアでこのくらいならいいんじゃないかというところで手を抜いて 割と楽にいってる気がするよ、、

 

 

ほんとにすみません。

 

 

大人の階段登る

七夕の夜が終わると、わたしの誕生日だ。

 

何かを切り捨てて、

新しいものに手を伸ばして生きている。

大切なものはずっとずっと抱えながら、

不確かに生きている。

 

健康診断で血圧が50 - 80だったのを聞いて

祖父が「死んでるのか生きてるのか」

と大笑いしていた。

 

ほんとうだ、ちゃんと生を謳歌しなければ。

 

波もあるし、無計画なので、

想像できないくらい

突拍子も無いことをして、失敗もするし、

新しい方向へ転がってもゆく。

 

 

そんな今までの日々は長かったのか、

短かったか 良かったのか悪かったのか

今の自分がその答えだな〜

 

「いつまでも歳下でいたい」

という甘えたい気持ちがすごくあって、

歳下から目を背けたくなる時もある。

どんどん歳下は増えて、

歳上は死んで行く世の中がつらい。

学生なんてあっという間だった。

戻りたいのに戻れない。

 

だけど、ちゃんといまを生きなきゃ

そのうち死ぬなあ。

 

 

いつまでも下手なギターと

下手な歌をやっているのか、

みぢかいスカートを履くのか、

ツイッターやってるのか、

とかも少し後ろめたい気持ちは

あるのだけれど、、、

 

もっと、人との関わりとか、

経験値とか、冷静さとか、

考え方の柔軟さとか、言葉選びとか、

大人としての我慢のきく感じとか、

社会にいつまでも反抗してないで、

おとなしく涼しい顔してルールを守れるとか。

 

なんていうんだろうな〜〜内面の大人具合だよなあ。大事なこと、

わたしの未来の理想像に

少しでも近づけるように。

 

いつまでも下手なギターと歌と、

短いスカートは改善しなくちゃ。

上手くなるし、いつまでも

短いスカート履けるスタイル維持。

 

遊ぶ時は思いっきり

子どもに戻ったっていいよね。

 

 

(先生をやってて思うこと)

 

やりたいと思ったこととか、

自分の気持ちを我慢しすぎると、

歳を重ねてから大人げない形で

爆発しちゃうかもしれない。

 

だからいま沸々と湧き上がってくる

「やりたい」をひとつひとつ

消化していくこと。

大事だとおもいます!うむ

生きることを実感したい

時々、日々にマンネリしてしまう。

 

めんどくさい。めんどくさい。めんどくさい

 

生きるのがめんどくさい 飽きた 疲れた

もうこれ以上、がんばれない

 

時には (日常の織り混ざった)非日常体験をしたくなる。

 

夜に遊んでいていると視界に入る夜景とか、知らない景色と、よく見ると同じ空。

 

知らない街の夜はとてもソワソワ、ワクワクするので、良いよなあ。友達の地元に泊まった時のは、本当に気持ちいい夜風だったなあ。

 

東京駅で夜行バスがくるまで、八重洲北口で潰した時間と、コンタクトがかわいて見えづらくなった視界と、少し離れた所の柱の影でいちゃつくカップルと、馬鹿高い物価と、人の多さが原因の慣れないようなにおい。

 

終電で帰るときの、日付の境目に近い時間帯のゆるみきった空気の鈍行列車。

 

夜行バスに乗ってちらちら覗く窓の外の知らない景色。高速道路なんてまず乗らないから、そこからもう新鮮。

 

友達と遊びで泊まったラブホ。でかいジャグジーバスに、二人用のベッドに無理やり三人で寝て、真ん中であせびっちょりになってた夜。湯船にローションをたくさん入れたとカミングアウトしたのは数週間後だった。いたずら楽しい。

 

 

 

ご機嫌と不機嫌

二十歳を過ぎてから強く思うこと。

自分には波があってご機嫌と不機嫌の間をゆらゆらと不規則な曲線を描いて彷徨っている。

 

何度かそれの波を経験し、これは仕方ないことなのだな、と思ってはいたけれど「いや違う。このままじゃ人生においての幸せと不幸せの比率を死に際に後悔する」

と思った。(セコい性格が垣間見えてしまうのがお恥ずかしい話だ。)

 

なので、最近はできるだけご機嫌で幸せな時間を伸ばすことを意識し始めた。

 

大切なのは、どれだけご機嫌な自分をキープできるかだ。具体的にどうすれば良いかなんて、人それぞれなのだが、意識すると不思議とご機嫌な期間が長くなってくる。

 

例えばわたしは、不機嫌の波が終わると心がぱーっと明るくなり、深呼吸をしたくなる。新しいことを始めたり、ご機嫌になるとやること(自分を磨く、部屋を片付ける、丁寧な暮らしをしようとする)をし始める。そして終始ご機嫌。今が楽しくなる。

 

ご機嫌なら余裕も生まれるので、この手間は割と容易く出来るはずだ。手間というのは、意識することと、実践することの二つだ。そこから思わぬ拍車がかかる時もある。チャンスがたくさんきらめいている時間を送れる。

こんな風にわけのわからない小論文口調のブログも投稿してしまう。

 

不機嫌な時の話だが、ストレスがかかると嫌なことをたくさん考えてしまう。それは自然なことだし、ずーっとご機嫌なんて、ロボットじゃあるまいし。不機嫌な態度をとることで、少しでもストレスを排出できているかもしれないので、良しとする。それにわたしは根暗でネガティヴなので、これはわたしが生きるためのルーティンなのだと思って無理はしていない。

 

自ら不機嫌から這い上がろうとするのは苦しい。じっと、またはぐったりとしながらご機嫌の波が来るのを辛抱強く待つ。そしてご機嫌の波に乗れたときは、自分は今ご機嫌だということを感じて過ごす。最初は具体的に何かするわけでもなく、意識することが大切だ。自然とモチベーションが上がり、気づけば部屋が整い、身なりも整い、仕事も楽しめるし、体力だって余裕ができる。気がする。

 

なんだか理にかなわない、不思議な話だ。でもそうなんだ、誰かにこれを伝えたくて。

 

ちょっとだけ自分のご機嫌を取って、運命をいじってみてはどうだろうか。